2012年01月23日

雪。

2時間ほど前に帰宅したときは雨だったのに、先ほど凄い雷鳴があって外を覗いてみたら、雪。

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なんだか少し気分が塞いでいたのが、少し晴れたというのかな、よしっ!て感じ。
明日の朝は道路の雪かきをせねば。昔は近所のおっちゃんたちが喜んでやっていたけど、最近は年寄ばかりで誰もやりません。凍ると危険なので若者?がんばります。
posted by 秋芋 at 22:55| Comment(0) | いろいろ

2012年01月01日

こんなことしてました

大晦日は紅白の椎名林檎とレディガガと少女時代をちょっとだけ見て、あとはこんなことをずっとしてました。



昨年は『少しでもより良い年だったと言えるようにしよう』と心に思い続けて一年間。今ふりかえって見て、何を成し遂げたわけではないけれど、がんばったかなと思えます。毎年、新年には平和でありますように、健康でありますように、良い年でありますようにと願うけど、きっとそういうわけにはいかない。それでもがんばり続けて、少しでも何かを成し遂げる年にしたい。
posted by 秋芋 at 15:12| Comment(3) | ミュージック

2011年11月18日

コスモス

もう9月になっていたと思うけど、忘れていたコスモスの種を蒔いた。その中の一株が元気に育って花を咲かせている。

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実は、私の庭はコスモスがあまり育たない。たぶん日当たりに問題があるように思うけど、比較的日当たりの良いところでもヒョロヒョロになってしまうから、それだけではないのかもしれない。それでも、ようやく元気なものが一本育った。来年はこのあたりに重点的に種を蒔いてみる。
posted by 秋芋 at 23:58| Comment(0) | ガーデニング・畑

2011年11月07日

燃えないゴミの日

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2011年10月31日

コーヒー豆のオーブン焙煎

コーヒー豆をオーブンで焙煎してみた。実際には既に焙煎されている豆だから”追い焙煎”。

最近、私は自分のコーヒーの嗜好が分かってきて、要は深煎りした豆ならば何でも良いのだということに気付いた。実は、私はかなり昔から、古くなって渋くなった挽き豆を仕方なくフライパンで煎り直して飲んだりしていた。これが結構飲めるようになる。更にそれが高じて、安い豆を買ってまずいと思うと同じように煎り直して飲むようになった。豆をフライパンで煎ると、いわゆる深煎り豆になる。渋みか酸味か分からないけれど、そんな味も抜ける。たぶんカフェインも少なくなる。ときどき焦げて苦くなるけど、そんなコーヒーの味が自分は好きなのだと分かってきた。

そんなこんなで、最近は深煎りのマンデリンばかりを飲むようになった。なぜか分からないけどマンデリンは深煎りするもののようで、どこの豆屋さんでも色の濃い黒光りしたものが置いてある。マンデリンが好きかと聞かれてもよく分からない。たぶん酸味とくせの少ない味なのだろうと思っているけど、そもそも深煎りした豆とは品種にかかわらずそういうものかもしれないから。

先日、豆を間違えて買ってきた。案の定、私の嗜好から少し外れる味がした。500グラムもあるので我慢して飲むには先が長い。例によってフライパンで煎ったけど、これが結構面倒くさい。

煎りながらNHKの番組を思い出した。そこでは生豆を網に入れて直火にあぶり、それがコーヒー焙煎の原点だと言っていた。それを見ながら、フライパンで煎る私の”発明”も邪道とは言えないとひとり悦に入ったりしていたのだが、要は焙煎とはそういうことで難しい話ではないのだと納得した。

そうこうしているうちにフライパンの豆をかき混ぜるのが無性に面倒になり、ハタと閃いた。オーブンを使ったらどうなのだろう。そろりそろりと混ぜなくても、焦げる心配はないのではないか。さっそくインターネットで調べてみたら、あるある。結構やっている人がいるし、結果も上々なようだ。いずれオーブンにコーヒー焙煎メニューが付くだろう、とまで言う人もいる。

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やってみた。写真のように豆を平らに均して、220度で15分。味は、もともと中深煎りの豆だから少しやり過ぎた感がある。もっと低温か短時間で良さそう。総じてフライパンで煎るのとあまり違わない気もするけど、焼きむらが少ないし手間もかからない。これからはこれで行く。
posted by 秋芋 at 23:53| Comment(0) | いろいろ

2011年09月30日

明日から10月

うろこ雲、またはいわし雲?・・・ですよね。

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一昨日の夕方、散歩の途中に我が母校の前で。
私が子供だった頃に較べて、最近の都会って空に目を向けることが難しくなりました。
中層、高層の建物が林立して空が狭くなったんです。だいたい、自転車がすごい勢いで走ってくるから上を向いて歩いたら危険なんです。

でも、この高校の前だけは歩道が少し広くなっていて、セコイアの木が空に向かって真っすぐに伸びていたりして、自然と空にもちょっとだけ目が行きます。
posted by 秋芋 at 22:48| Comment(0) | いろいろ

2011年09月23日

WiMAX

ワイマックス、と読む。

最近ネット上ではウィキなんとかが多いから、ついこのスペルが頭に残ってしまい店頭で「ウィ・・ウィ・・なんとか・・」なんて言ってしまった。店員のお姉さん少し困った顔をしたあと「ワイマックスですね。」と応じてくれた。ヘヘ。(照れ笑い)

これはインターネットデータ無線通信サービスのことなのだが、厳密にはWiMAXは通信規格のことなので、サービス商品名としてはUQ WiMAXが正式らしい。(こうしてタイプしていても私はウィマックスと頭のなかで呟いていることに気付く。)

Yahoo!BBのADSLに始まり、NTTひかり、KDDIひかりと来た。最後のKDDIひかりもキャッシュバックに伴う2年間の利用期間が過ぎて何かいいものは・・・とワイマックスになった。

本当は無線通信サービスにあまり期待はしていなかった。通信速度が遅くて不安定という先入観があったし、そもそも携帯の電波状態の良くない我が家では無線通信サービスの電波状態も良くないに違いないと思っていた。

ところがスペック上は最大40Mbps。それが本当ならひかりにも引けを取らない。そして、Try WiMAXという通信機器無料貸し出しサービスで電波状態・使い勝手のチェックを出来る。早速、近所のヤマダで借りてきた。

201109231.JPGそして、チャチャーン。我が家での使用結果は、kakaku.comの通信速度測定(あまり信用できない)で下り15Mbps前後の値が出た。これはUQ Wimaxでは例外的と言っていいほどの良い通信状態を示すのようだ。普通、住宅地では5Mbpsもあれば良い方で、30Mbps以上の数字にはまずお目にかかれないらしい。先日、我が家から100メートルほどの公園の隣のマンションの屋上に右の写真のようなWiMAXのアンテナを見つけた。そこでパソコンを開いても通信速度は同じ程度の数字だったから、15Mbpsとはベスト・パフォーマンスと言っていいのかと思う。

早速、正式契約。そしてKDDIひかりを解約した翌日の台風直撃の最中に思ってもみないことが起こった。電波が突然に全く来なくなったのである。きっと、あのアンテナが風で吹き飛んだのかもなどと想像をめぐらしていたが、翌日の午後に電波が回復した。携帯電話以上に災害には惰弱なようだ。

このサービスの最も嬉しいところは、都市部であれば外出先でどこでも使えることだと思う。私の場合、VPNを使って電車の中でも、スタバでも、公園のベンチでも事務所のネットワークに繋いで仕事が出来る。但し、移動する電車内では電波状態の変動が激しいのでVPNやストリーミングものは無理。データの閲覧やメール程度ならプツプツ切れながらでも使える。但し、それも車窓の景色が田園風景になると、とたんに繋がらない時間が長くなる。

まあ、そんなところで、今のところ結構使えてます。
posted by 秋芋 at 08:39| Comment(0) | いろいろ

2011年09月19日

敬老の日

今日は、敬老の日、なのだそうだ。役所の催しも町内会の敬老会も前倒しで実施されるから実感はない。

今、ヘルパーさんが来て、母の体を拭きながら私と「敬老の日」談義。ヘルパーさんの家には90歳ちょっと前のお姑さんが、新潟の実家には95歳のお母さんがいる。

ヘルパーさんと私の一致した意見。

「敬老の日なんて、いつも年寄りと一緒に住んでいる人間にとっては関係ないよね。」 「あんなものは、普段年寄りで苦労していない人間がちょっと親切にしてあげる日さ。」

こんな話に母も異存はなさそう。体を拭いてもらっている最中だからかもしれないけれど。

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敬老の日の淵源をウィキペディアで調べてみた。戦後間もなく、兵庫県多可郡野間谷村(現在の多可町八千代区)の村長と助役によって提唱された「としよりの日」が始まりだそうだ。「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」と、農閑期に当り気候も良い9月中旬の15日を「としよりの日」と定め、従来から敬老会を開いていた。これが1950年(昭和25年)からは兵庫県全体で行われるようになり、後に全国に広がった、とのことだ。

兵庫県多可町のホームページを覗いてみた。敬老の日発祥の地なのだから何か大々的な行事をやっているのかと思えばそうでもなく、それを誇っているような風にも見えない。公の行事はホームページで見るかぎり「おじいちゃんおばあちゃん子ども絵画展」だけだ。それも、担当部署は「子ども未来課」となっている。敬老の日発祥の地、兵庫県多可町でも、年寄りの社会や家族における相対的な位置づけが戦後間もなくの頃とはすっかり変わってしまった、ということを端的に示しているように思える。

10数年前から毎年のように母を役所主催の敬老の日の催しに連れて行っている。最初の頃、出演する芸能人もある程度名前の知れた人で、おみやげのお菓子も今より大きかった。母が一人で行っていた二十数年前のおみやげにはお弁当も入っていたそうだ。今ではその催しも、人数が増えたせいで三日に渡って行われるようになり、演芸は聞いたことのない役者になり、お菓子は小さく軽くなった。

何が敬老なのか、そろそろ発想を変えて実のあるものにする時期のような気がする。「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」という発祥時の言葉は形式ではなく、戦後の疲弊した村には本当に必要なことだったのではないかと思う。名前も「としよりの日」の方が良い。「敬老」となれば年寄りは受け身になる。「としよりの日」ならば、年寄りが自分たちで何かやれる。
posted by 秋芋 at 14:29| Comment(0) | いろいろ

2011年09月06日

9月の笑顔

ユニセフ・カレンダーの9月の写真。インドネシアの子供。

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20年ぐらい前にインドネシアに行った。そのとき印象に強く残ったのは子供の笑顔だった。

学校の教室の数に比べて子供の数が多すぎるので、学校の授業は午前の組と午後の組に分かれているとのことだった。そのせいかどうか、街路には午前中だというのに子供がたくさんいて、中には信号待ちの車の列に向かってペットボトルの水を売っているグループもいた。

貧しくても、そうでなくても、都会でも田舎でも、インドネシアでは子供の笑顔が輝いているように思えた。よく笑っていた。その笑顔が必ずしも幸せを意味するわけではないだろうけど、日本の子供たちの不機嫌な顔は何なんだろうとも思った。

私たちが子供だったころに比べて、今は大人も子供も笑わなくなったのは間違いないと思う。私自身、不機嫌な顔をしていることが多いことを自分でも自覚できる。ちょっと昔のことだけど、『おはようございます。』と言うと、『うるせえ。』と応じる爺さんが近所にいると母に聞いたことがある。私自身も不機嫌を直して笑顔を増やさないと、その爺さんのことも人ごとではなくなる。
posted by 秋芋 at 16:02| Comment(0) | いろいろ

2011年08月22日

8月のカレンダー

パソコン机の前の壁の上に架かっているユニセフのカレンダーです。

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いっぱいいっぱいのときにこの写真を見ると、瞳に自分が映っているような気がして我に返ります。

もう8月だったのですね。わかっていたつもりだったけど、カレンダーを見るとしみじみです。
posted by 秋芋 at 01:00| Comment(0) | いろいろ